全国ビルトH工業会概要

全国ビルトH工業会は、文字通り全国各地のビルトH形鋼製作メーカーによって1999年4月に発足しました。
わが国の建築鉄骨は1970年代半ば以降、大型・高層化に伴う設計の多様化と構造の複雑化が顕著となり、中間加工製品のビルトH形鋼が大きくクローズアップされるようになりました。同時に建築鉄骨業界においても品質向上や生産性の向上などの観点からビルトH形鋼の製作に外販専業のビルトH形鋼製作業者を起用する傾向が強まり、ビルトH形鋼製作業者の役割と責任の重要性が一段と増す時代に変換しました。
こうした時代の動きを受けて「同業者が連帯し、強調していくことで、より一層の品質確保などの諸課題を解決していこう」との趣旨から西日本地区中心にビルトH協議会、東日本地区を中心とした東日本溶接H工業会が発足するに至り、同業者間の相互交流による業界基盤の確立、品質の向上、そして自主認定の工場認定制度の第三者認定の移行を目指してきました。同時に建設関連団体への受注促進のための陳情活動やビルトH形鋼製作技術に関する調査・研究などの事業を積極的に取り組んできました。
こうした地道な努力が成果として結実し、建築鉄骨業界における業界としての社会的な認知も広がりをみせ、さらには念願でもあった第三者による溶接H形鋼製作工場認定制度を2002年から日本鉄骨評価センターにて運用開始するに至りました。
社会的な役割や責任、品質の保証などこれまで以上に高まりをみせるなかで、認定工場であることの技量、研鑽を積み重ねていくと同時に組織としても交流を通じて研修や勉強会を重ねてきました。
2013年から規約の見直しとともに支部制を導入し、それぞれ東日本支部、西日本支部に組織を見直し、東西統一の事業として50度開先標準化の活動にも取り組んでいます。溶接H形鋼製作工場認定制度の啓蒙活動はもちろん、これまで培ってきた諸活動を成果として対外的に発信ができる組織づくりを今後も展開して参ります。

全国ビルトH工業会の沿革

1984年 3月
中部以西の7社でビルトH懇談会が発足
1986年 5月
ビルトH懇談会の名称をビルトH協議会に変更
1991年 4月
東日本溶接H工業会が発足
1991年12月
ビルトH協議会と東日本溶接H工業会が初会合
1994年 1月
ビルトH協議会で自主認定制度を開始
1995年10月
東西合同で工場認定基準の統一を検討
1997年 4月
東日本溶接H工業会が自主認定制度を開始
1998年 9月
東西の工場認定基準統一のための特別委員会を設立

 

1999年 4月
東西の上部組織として全国ビルトH工業会を設立
初代会長に山根與三次氏が就任
2001年 4月
2代目会長に河本龍男氏就任
2001年 9月
名古屋で溶接H形鋼製作工場認定制度の説明会開催
2001年10月
日本鉄骨評価センターよる溶接H形鋼製作工場認定制度が運用
2002年 1月
標準加工エキストラ体系を作成・公表
2002年 6月
東京で第一回工場認定証・登録証授与式
2003年 6月
東日本溶接H工業会が全国ビルトH工業会東日本支部に名称変更
2003年 8月
第三者認定ラベルの貼付活動を開始
2004年11月
溶接H形鋼製作工場認定制度で中間期審査を実施
2004年12月
工業会の対外的PR用パンフレット作成
2005年 7月
3代目会長に三木桂吾氏が就任
2005年 7月
東日本支部が東日本ビルトH工業会に名称変更
2007年12月
HPを開設
2009年 6月
4代目会長に梅田栄吉氏が就任
2011年 4月
溶接H形鋼製作工場認定制度に「AAA」を新設
2011年 6月
5代目会長に土屋敏彦氏が就任
2011年10月
SAW溶接の確認試験を実施
2013年 5月
支部制導入で東西の組織が東日本支部、西日本支部に改称
2013年 5月
6代目会長に河本龍一氏が就任
2014年 4月
SAW50度開先標準試験がスタート
2015年 5月
SAW50度開先標準化に向けての施工試験結果報告書を発刊
2015年 6月
総会で役員改選、河本会長を再選
2017年 6月
7代目会長に岡田直矢氏が就任選
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